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ぱん母

Author:ぱん母
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中国(吉林省)出身のパパと日本人のママの間に生まれたぱんぱん(9歳 女の子)のこと、最近はまっているパンや刺繍のことなど、日々つれづれに綴っています。

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できることから 2

2011.06.15 11:55|未分類
ぱんぱんは生後一ヶ月から湿疹もちのアレルギーッ子でした。
8才の今は食べられない食材はナッツ類程度で皮膚も肘や膝に湿疹が
残るくらい。
ですが、アレルギーが分かってから4才くらいまでは厳格除去食を
基本とした五大アレルギー&もろもろの除去食生活でした。
そのせいかいまだに卵焼きは食べません(マヨネーズは大好きなくせに^^;)
なので必然的にマクロビに近い生活をしていたのです。
ヒエのお味噌やキビのお醤油を使ったり、当時はまだまだおいしくなかった
お米パンを取り寄せたり。 
でもそんな生活のおかげか、あかちゃんの頃は全身湿疹でヒサンな姿でも不思議
と風邪をひいたりお腹をこわしたりもせず、幼稚園で流行るいろんな病気
にかかることもなく過ごしてました。

今回の放射線対策を考える中で、内部被曝を防ぐのはもちろんのことだけど
入ってきた放射性物質に対するために免疫力をあげていく。
という考え方を知りました。 
免疫力をあげるって、健康食品ってまさに魑魅魍魎のうごめくあやしい世界
なのですが(私は基本、病気に関してはエビデンスのないものは信用しません、
除去食は娘に効果があったので採用、だけど併用で薬もきちんと使いました)
低線量での内部被曝に関する研究はあまりなく、もちろん対策や治療の研究も
これからのようです。
それじゃあ おかあさんが出来ることで対策していかなくちゃあ仕方がない。

P1000433_convert_20110615110701.jpg

ということで、りんごちゃん。
作り始めて3日目なのでまだまだ発酵が浅いようです。

免疫力をあげるという発酵食品のなかのリンゴの酵素ジュースを作成中。
今はぱんぱんの朝食に北海道や広島など遠くの地方の牛乳を出しているのですが、
牛乳は極力摂らせたくないので、朝イチにこのリンゴちゃんをお水で
割って飲ませるつもりです。
マクロビからは随分遠ざかっているのだけど、またちょっとづつ
食事に取り入れて行こうかなと思っています。

   いもうとのお店手と手つなごで西のお野菜おとどけします^^)



テーマ:放射能対策
ジャンル:育児

できることから

2011.06.13 11:46|未分類
あっという間に春が過ぎ、梅雨になってしまいました
(いつものことと言わないで^^;)
ずいぶんのごぶさたでした(これも年に何回かいていることか・・)
春休みが終わり、東京に戻ってきて放射線との見えない戦いを
繰りひろげているうちになかなかブログまでたどりつけない日々でした。

やっと、お水の確保先やどこに何が売っているかを把握しはじめています。
お米は今までどおり秋までは生協さんで、牛乳やチーズもよつ葉製品が
ちょっとお安く手に入るので生協さん。
困ったのはお野菜とお肉と加工品。
お肉は近くのスーパーと駅ひとつとなりのお店に九州産を置いて
あるので、OK。
お野菜は九州の農協さんのものを取り寄せたり、実家から送ってもらったり・・
気軽にちょこちょこ買えないのが不便ですが、なんとかなりそうです。
だけど家族に毎週買い出しと宅配に出してもらうのが心苦しく思っていました。
でも、逆に妹が一念発起してお野菜の宅配を考えつきました。
こちらから→手と手つなご

まだまだ試行錯誤でこれからみなさんに知っていただくので
どうなることやらですが、もし注文が入ったりするようなら、
母の友人が作っている自家製お野菜などもメニューに加えたり
地元のおいしいものを紹介出来たりすると、いいなぁ~
なんて思っています。


そして、私が今そだててるのは天然酵母。

P1000428_convert_20110613104657.jpg

酵母三姉妹です。
左からぶどう酵母→ヨーグルト種→元種です。

しばらく手作りパンから遠ざかっていたのですが、今回の対策を機に
パン修行を再開しました。
だけど、カレーも二日続けて食べられない(胃にもたれて;;)くらい、
いい感じに年を取っているのを実感しているワタクシは手作りパンの
イーストがなかなか負担になってきました。
放射性物質の被曝にも酵素がいいと聞くし、育てるとかわいいと聞くし^^)

できることからやっていきます。

できることからやっていかなくちゃね。

こどもを守れるのってやっぱりおかあさんだものね。

今年のテーマ「Climb Every Mountain(すべての山にのぼれ)」
でがんばります^^)

テーマ:放射能対策
ジャンル:育児

けっきょく

2011.04.08 09:41|未分類
実家あたりではこぶしの花が満開で、桜の花は見られませんでしたが
東京は満開! 
ぱんぱんと「桜に間に合ってよかったね~」
と話しながら帰ってきました。

ぐるぐると堂々巡りをして、だけど今の状態なら
戻っても自衛しながら生活できそうだという判断と
やはり、小学校を転校までさせる状況ではないのではないか。
との気持ちが強くて、えいやっと帰ってきました。

若干悲壮な気持ちで戻ってはきたのですが、東京はあっけないくらい
普通で、マスクをしている人もまばら。
だけど、帰りのモノレールが地震で停まったり、
薄暗いスーパーで買い物をしていると、やっぱりまだまだ普通の生活には
戻れないんだな、とためいきがでます。

でも心をきめて戻ってきたのだから、
一旦東京を離れて冷静になったときに感じた恐怖感を忘れずに
だけど、自分にできるお手伝い(節電とか援助とか)を
がんばりながら暮らしていきます。

ぱんぱんは無事3年生を迎え、クラス替えでできたお友達や
新しい担任の先生のことをはりきって教えてくれます。
今度の先生はおじいちゃん先生だそうで、たくさんいろんな話を
してくれるそうで(まだ2日ですが)もうすっかりなじんでいるみたい。
お友達も母国に戻ったのは一人だけで、逆に転校生が増えたようです。
新しいお友達と仲良くできるといいなぁ、トラブル少ないクラスだと
いいなぁ、と願いながら毎日
「はやくしなさ~い」
の日々のスタートです。

堂々めぐり

2011.03.30 11:06|未分類
「ここにいると時間がわからないんだよね~」
と、夜の歯みがきの時間をすっかり過ぎて怒られるくらい
のんびりと春休みを楽しんでいる娘さん。

春休みが終わった先のことを睨んで
モンモンとしているのは私。

東京のお友達にメールすると最初は
「大丈夫だよっ!」と言っているのに
「お水が家にあと一本なの、でも明日には買えるかもしれないから・・」
なんて悲痛な「だいじょうぶ」
なのです(すぐにお水おくりました)

オットは帰ってきた当初は
「できればこのまま転校して・・」
と言っていましたが、1年か2年こちらに転校して
放射線や放射性物質が落ち着いた頃にまた今の学校に
戻るというのは、ちょうど難しい年頃にも差し掛かるし
ぱんぱんが辛いおもいをするのではないか・・
ということと、私の母校の小学校は伝統的に荒れている学校なので
私自身が我が母校をお勧めできない(とほほ)などなどで
とりあえずは始業式までには東京に戻る予定にしました。

しかし、どうにもこうにも好転しない事態と放射線。
給食も心配だし、体育だって校庭でするんだよね・・
と、心配ばかりしてしまいます。
こちらでの私立への転入を考えてみたり、その場合
実家ばかりをあてには出来ないので、母子でアパートを借りて
暮らすか、いっそのこと東京の住まいを引き払って
東海地方にでも拠点を移すか・・
どれも少し現実的じゃない話です。

だけれど、赤ちゃんの頃から食物アレルギーとアトピーで
厳格除去食や外遊びの禁止、ここ2年間の数度に渡る
入院や手術、ずいぶんぱんぱんには大きな負担を掛けてきたのです。
これで、十代や二十代の人生の一番いいときに、いえこれからの
人生のために少しでも親が出来る努力で防げるものなら、
微量の被爆もさけてやりたい。

若い人のガンは辛いです。
弟を数年前にガンで亡くしたとき、こんなに辛いことが
まさか私に起こってくるとは思ってもみませんでした。
早いのです、本人が追いついて行けないくらい早いのです。
本当にこれだけは避けたい、ハハとしてはこの一念です。

なにが我が家のベストなのか、堂々巡りの毎日です。


あまりにも

2011.03.23 18:59|未分類
私の実家に戻って6日目。
やっと大きく息をして暮らせるような気がしています。

金曜日、ぱんぱんの学校が終わった後、急いで羽田空港へ、   
がら~んと薄暗い羽田空港は十数年前の北京空港もしくは十数年前の長春の駅のよう・・
羽田空港がこんなに寂しい姿になるなんて・・
とも思いましたが、チケットの受け取りに時間がかかりお土産もそこそこに
飛行機に乗り、数年ぶりの帰省です。
対してやっとの思いで着いた広島空港は明るくて、いつもは寂しい感じの到着
ロビーもいつもより明るい声が響いているよう。
外に出るといつもと変わらぬ山の空気。
なにもかもいつもと変わらない光景です。

スーパーは外の看板こそ電飾は消えていますが、
山盛りの安売りカップラーメンの横に申し訳程度の
大震災についての張り紙。
牛乳もパンも卵もお肉もお水もなんでも揃っていて
いつものスーパー。
オットも久しぶりに帰省したので、みんなで普通に外食したり、
オモチャ屋さんで買い物したり、つい数日前の張りつめた生活は
ここではやはり遠い世界のことのようです。
だけど、緊急地震速報や地震情報が入るたびに勝手に自分だけ
揺れているし、今回の帰省中まったくインターネットに触れられないのは
不安なので、慌てて環境を整えました。

三日後にオットは
「いやだなぁ 帰りたくないなぁ」
と子供のようにつぶやきながら東京へ戻り、忙しく働いています。
そして毎日都内の放射線計測データとにらめっこしているようです。
危惧していた水への影響もあっという間に来てしまって
こちらの水売り場もあっという間にからっぽで、出遅れてしまいました。

そんな中、毎日お姫様気分で遊んでいるのはぱんぱん。
帰る前日に主治医の先生の診察があり、今回の不整脈は薬で抑えるタイプ
ではないし、緊急性もないので田舎に帰省してノビノビしたほうが
今の東京のストレスの中にいるよりいいと思うとお墨付きを
もらっていたので、私も安心して帰ってこれたけれど、
そろそろ二年生の復習をしていかないとね。
う~ん 三年生になれるのかな?
東京の。
考え中です。
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